2011年04月19日

先週、その後。

こんばんは、清三郎です。

先週の続きです。
14日、植田町から午後8時ごろ帰宅し、岩手県大槌町(今回の震災で甚大なる津波の被害を受けた町)へ10日からすでに、現地入りして炊き出しを行っている、水戸の飲食店の方々の所に手伝いに行く為に父と向かいました。

大槌町は、津波の被害を受け、町がありません。水戸の有志が、温かいカレーを食べてもらい、ちょっとでも元気になってもらいたい。という想いで一日1000食、5日分のカレーの材料を持って行っていました。米1トン、肉300KG、温泉卵5000個など。

夜10時に水戸を出発し、翌朝8時にベースキャンプになっている、大槌町の野球場に着きました。常磐道は、余震で通行止で、北関東道を使い宇都宮経由で、東北道へ。ひたすら進み、北上江釣子icでおり一般道を。高速道路は段差が多く、険しい道でした。

釜石に入り、少し走ると、津波を受けた場所になり、

あぁ。。。

言葉もありません。最悪の光景です。
一面がれき、材木、壊れた家、潰れた車、やっと車が通れる道。

なんで、あんな高い所に車があるの?船があるの?恐ろしい光景でした。

釜石から、大槌町まで行く道、全てがそうでした。海岸線を走る45号線。トンネルを抜けるとあの光景が続きます。

山を越し、野球場に着くと、そこは、避難所、自衛隊のベースキャンプ、水戸組のベースキャンプがあり、午後の炊き出しの準備をしました。

その後、17日に行われる全国一斉花見のお酒を届けに、会場となる、大槌町安渡小学校へ。花見をして、お酒を飲む予定で、お酒募集します。という事でしたが、やはり数日で状況が変わり、控えたいとの事で、持って帰りました。

そして、PM2:00 最後の炊き出しとなる、吉里吉里小学校へ移動です。
炊飯器、ガスボンベ、鍋、コンロなど炊き出しの道具を下ろし、米を炊き、カレーを煮ます。

ootsuchi4.jpg ootsuchi5.jpg

そのうち、一人の少年が。しょうご君といいました。
『おにいちゃん、ブランコやって!!』
と。ニコニコ顔して来ました。避難している子供でした。

小学校のブランコへ行き、背中を押します。キャキャキャと、笑い、笑顔が絶えません。たまらなくなりました。何回も何回もおします。

ootsuchi2.jpg ootsuchi1.jpg

そして、今夜はカレーだよ。って言うと、『カレー大好き‼』って喜び『ありがとう‼お兄ちゃん』って言って避難所の体育館に戻ってきました。

長い道のりの中の、一食のカレーですが、喜んで食べてくれたと思います。

小分けの鍋にカレーを移し、吉里吉里小学校の給食室、大槌町野球場の避難所に届け、片付けをしベースキャンプに戻り、自衛隊の作ってくれた風呂に入り、食事をし寝ました。

翌朝、出発の準備をし大槌町を後に水戸へ戻りました。

一回の炊き出ししか、手伝えませんでしたが、あの子の笑顔が見る事が出来たので、良かったです。

今回行った、大槌町は普通の生活に戻るまで、とてもとても、長い時間がかかります。一年ではとても戻らないと思います。

一日でも早く、普段通りの生活に戻ってくれたらいいなと願うばかりです。


posted by 清三郎 at 19:43| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
連日ご苦労様です。
でもレンズ越しに視るとさらに太ったなぁ。
すこしはやせたのかと思っていていたが…ストレス太り?
無理すんなよ!
Posted by 大星はやし at 2011年04月21日 07:48
大星はやし様

コメントありがとうございます。
不規則な生活が続いていて、なんか食べちゃうんですよね。無意識に、蓄えておかなきゃ。みたいな事になっているんではないでしょうか。。。無意識です。
Posted by 十二代目清三郎 at 2011年04月21日 16:36
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